

無題ドキュメント
|
| 折戸今昔 |
| 2007年11月28日 17時40分 |
有り余る時間を使って、身辺整理と称し古い写真を整理しているこの数日。
こんな事やっているから、昔の事を思い出し、「娘に会えればなぁ・・・」なんて具合に弱気になってしまったのかもしれない。
でも、その気持ちに偽りはなく今の正直な気持ち。
ブログに書いちゃった以上、自分の気持ちを誤魔化し続ける事はできないし、するつもりもない。
さて、古い写真の整理中、折戸のあたりの風景を写した写真を見つけた。
偶然にも、つい最近、同じような場所から撮った写真もあり、それらを見比べると、この四半世紀以上の間に清水がどれほど変ったのかがわかって興味を引く。


古い写真は昭和40年代前半に撮影したもの。 何のことはない記念写真で子供の頃の私が写っているが、その背景に目を転じると、海面を覆いつくす丸太と金指造船で修理中の船が見える。
ほぼ同じ場所と思われるところから写した最近の写真では、海面を覆い尽くす丸太はなく、金指造船で修理中の船も見かけられない。
昭和40年代といえば、清水の港も街も活気があった。特に造船と木材産業は活況を呈していたらしい。

産業構造の変化・流通形態の変化、そして、産業のグローバル化・・・
そのような変化が街の景色を絶えず変え続けている。
折戸の海から丸太が消え、金指造船にドック入りする船も少なくなった。
しかし、その代わりにマリーナができ、汚かった海は次第に青さを取り戻しつつある。
変る事によって失うものもあり生まれるものや元に戻るものもある。

折戸湾に立ち並ぶコンクリートの係留アンカー。これらに再び丸太がつながれることは未来永劫二度と無いだろう。
清水の一つの時代を物語る黒いきのこのような構造物。
これらを見ていると、時代の流れ、そして人間の営みの無常を感じさせる。

|
トラックバックURL:
http://sunpubito.com/step_blog/archive_181.htm |
|
コメント(0) |清水(地元)ネタ|
|
 |
| コメントを書く |
|
|
| コメント |
|
|
僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ
街角ブログ 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 僕の細道 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 電脳駿府人 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブロ
グ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ 街角ブログ
|
|








|